360ccのスバルより700ccのパブリカが安い!

 「どてらい男」「鮎のうた」「細腕繁盛記」などの原作で知られる花登筺さんが作った「劇団 笑いの王国」。1963年(昭和38年)4月の公演プログラムから2つの自動車広告を紹介。
 戦後の復興から成長へと歩み、庶民にもやっと車が買える時代がきたようだ。国民車として知られるスバル360と700ccのパブリカの広告が、同時に載っていたのだが、びっくり。排気量が大きく、馬力もあるパブリカの方が安かったんだ。

「劇団 笑いの王国」は、大村崑、芦屋雁之助、芦屋小雁が中心となった劇団。花登筺が作った。「番頭はんと丁稚どん」など、数多くの名作を演じた。1963年(昭和38年)4月の公演プログラム
「劇団 笑いの王国」は、大村崑、芦屋雁之助、芦屋小雁が中心となった劇団。花登筺が作った。「番頭はんと丁稚どん」など、数多くの名作を演じた。1963年(昭和38年)4月の公演プログラム
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 まずはスバル360。いきなり「ハイセンスの車!」というキャッチコピーが昭和を感じさせてくれる。2サイクル360ccで18馬力。「軽免許」という文字が横に見えるが、これは昭和39年まで存在した360cc限定の免許。この広告が載った翌年までしかなかったわけだw
 曲線の多いボディを当時、どうやって作っていたのだろうか。加工技術も低く、カーボン素材もない時代だった。現在のロボットが車を作る時代と異なり、人間の手がそれだけ多く入っていたのではないだろうか。
 スバル360は18馬力だったが、その後各社から軽自動車が発売され、360ccながら40馬力を超える車種も後に登場した。スバル360の価格は39万円。
 次に、「これ以下ではムリ。これ以上はムダ」のキャッチコピー。トヨタ初の大衆車パブリカだ。700ccの空冷2気筒エンジンを搭載。さすがに排気量が大きいだけあって、28馬力と表示されている。
 ちょっと調べて驚いたのが、このパブリカの「これ以上はムダ」というコピー。ほんとにその通りだったらしい。何しろ、初期型はラジオやヒーターはもちろん、フェンダーミラーやガソリンメーターも付いていなかったんだそうだ。確かに、広告の写真を見てもフェンダーミラーらしきものは見つからない。現在では、バックミラー無しで走ることなど恐ろしくて考えられないが、当時は車も少なくある意味いい時代だったんだろうな。
 上のスバルが39万円に対し、パブリカは38万6000円。微妙にスバルより安い設定になっている。

この後には、車は若者の憧れになった。車があれば、ナンパができたという羨ましい時代がやってくる
この後には、車は若者の憧れになった。車があれば、ナンパができたという羨ましい時代がやってくる

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